Ribbonnのサイトです

りぼん&りぼん
2012年の最後の日に思うこと。
投稿日:2012年12月31日 投稿者:ribbonn

 先日「外国人が見た日本人のいいところ」というタイトルのテレビ番組がありました。

3・11の時の日本人の印象が鮮明に残っているせいでしょうか。

「食べ物を分けてもらう時 整然と並んで待っていた。自分の国では絶対にあり得ないことです。」と

 

そこから 日本人は忍耐強い。秩序を守る。規律正しい。我慢強い。助け合う。の評価が多く上がりました。

その他に 思いやりがある。伝統のある文化を持っている。勤勉である。集団という知性がある。と続きました。

 

少し話題がそれますが、

東京にある保育園の話題として

隣接する住居に住む、お年寄りが 保育園の騒音で体調を壊し寝込んでしまったので 保育園に対し裁判を起こしたというのです。

保育園側は このお年寄りの家の窓を防音装置を設置することで対処しましたが、老夫婦の苦情は消えるどころか、ご主人の方も体調を壊しさらに訴訟を起こしたとのこと。そこで保育園側は、園庭で子供を遊ばせることをやめ、送迎の親たちは勿論のこと子供の私語も禁止しました。防音のためのカーテンは一日中窓をふさいでいました。

子供に私語以外の会話があるのでしょうかね。

「それでも問題は解決しない。難しいですね。」とテレビのリポーターは結んでいました。

 

外国の方にあんなに絶賛された日本人ですが

なぜ そのようなことが起こるのでしょうか。

 

詩人 搭 和子さんの詩に「胸の泉」というのがあります。ここに解決のヒントがあるような気がします。

関わらなければ

この愛しさを 知るすべはなかった。

この 親しさは 湧かなかった。

綴っています。

飛行機などの交通機関の中で 激しく赤ちゃんが 泣きだしたら

「むっ」として   理性でそれを抑えます。

でも それが自分の子だったら。知り合いの子だったら

この「むっ」とした感情は起こらないかも、起きたとしても ぐっと和らぎ この親子にエールを送るかもしれません。

だから都会のように どんなに近くに住んでいても、

隣同士に座っても お互いに 無関心か 敢えて関わりを避けてきた中では

日本人の素晴らしい「思いやり」の気持ちは芽生えてこないのだと思います。

相手のことを「知ればこそ」「かかわればこそ」なのです。

 

世界では60億人 日本人は1億2千人 

そのすべてに関わることは不可能ですが、

せめて 自分の周りにいる人とは積極的に関わることで

前述の保育園の問題

孤独死

虐待

いじめ

子育てに不安を持つ…など、など

 

今よりは住みやすくなると思いますよ。

できるだけ関わらないで 自分たちは自分たちの生活だけを守る生き方のほかに

みんなで関わりあう生き方もあるよ。時には、うるさいなって思うことはあるけどでね。

垂水は

人と人との距離感が近い街です。

人と人との関係性が沢山ある街です。

だから

相手の心の痛みもイメージしやすいし

相手の喜びも 自分のものに出来る気がするのです。

搭 和子さんは詩の最後に

何億人の人がいようとも

関わらなければ

路傍の人

私の胸の泉に

枯れ葉1枚も

落としてはくれない

と。

 

私は これまでも これからも 出来るだけ関わりあっていきたいと思います。

関わりあって、関わりあって

糸が絡み合って 身動きとれない?

あはは それもいいんでないかい?

自分で選んだ道なら…

 

コメントをどうぞ
お名前(ハンドルネーム可)[必須]
メールアドレス(非公開)[必須]
ウェブサイト
コメント
写真1
写真2
写真3
数字(セキュリティコード)を
入力してください